麻生さんが、医療制度改革関係の会で話した話が話題になっているようです。

どうも揚げ足を取っているようでいらだつので、その揚げ足の手伝いをしたいとはさすがに思わないのでちょっと元記事のリンクについては差し控えたいと思いますが…。

関係者のいろいろな感情が交じってくるものですから、「末期」かつご本人に意識がないとなると、ものすごく厄介な話になりがちな部分は確かにあるようです。


ご本人の意識回復の兆しがなく、呼吸が自力でできなかったりする場合でも、現在の医療技術としては、そこから数年、強制的に命を延ばすことは可能な時代で…。最近の話という訳でもなく、そこまで可能になってからもう長らくの時間が経っています。その技術も日々進歩していますから、その補助機器を外さない限りは割と何年でもその状態で生かし続ける事が可能だったりします。

もちろん、直接咀嚼して食事ができる訳でもなく、点滴のみで、動くわけでもない訳ですから筋肉はどんどん使い物になっていきますし、その姿も見方にもよるんでしょうけども、痛々しく感じる事もある訳で。確かにそれでもいつかは命を尽きる事になるのでしょうけども、それは考えている以上に長い事になっていくものです。
その視覚的な影響による心理的な負担に加えて、お金の負担、身体的な負担を家族にかけてしまう事になります。

だから、延命処置を行う前に、「延命処置は行われますか?」と親族に同意を求めているかと思うのですが、実際一番その患者の側にいる人はなかなか言い出せませんし、その側にいる人の心労などの疲れ切った姿を見るに見かねて別の親族が、「延命治療をしないという選択肢」を提案した場合には、普段距離を置いている親族が凶悪犯罪者を責めるがごとく罵倒し、反対する…という状況になるのでしょう。

ご本人がどう思うのか確認できれば良いのでしょうが、通常そのような意思表明をしている人は少ないと思いますし、「そうは言ったけど生かして欲しい」と思っているのでは?と言われたとして、そんなことは絶対にないとは誰が言えるかという話だと思いますし、「制度にしてしまうと、それを悪用して本人の意図に沿わないところで安楽死させられてしまうんじゃないか?」というのもよくわかります。

それぞれの主張が判らない訳ではない分、そう簡単に答えが出るものではないですから、余計によく話をする必要はあると思いますよ。