いえ、言いたい事は判らない訳ではないのですよ…。ただ、今回の教諭の件については明らかに「暴力」であって、擁護する余地はないような気はします。
引用元: 時事ドットコム:「体罰一掃」を約束=責任問う声、「愛情あれば」も-保護者説明会3時間・桜宮高.
保護者からは学校の責任を厳しく問う声や、「体罰自体やってはいけない」「悩みを顧問に言いづらい」との声が上がった。中には「愛情があれば多少は許されるのではないか」との意見も出たという。


そもそも、「体罰はダメ」という規定は法律上にあったり倫理上も正しいとは言っても、そのラインはどこにも書いていないという面がこういうコトバを産むんじゃ無いかと思います。

正直、指導の一部としてペナルティがあってかまわないとは思いますが、私が思いつく範囲では「廊下に一定時間立たせる」だとか、「校庭を何十周もさせる」などがあると思うのですが、お伺いするとそれらも体罰の一部として処理される学校が多いんだとか。
そのような事情もあって、個人的にはその「広義の体罰」に関しては否定できない部分があったりします。

「そういう意味なら、アントニオ猪木さんの闘魂注入だとか、座禅の行為が体罰や暴力にならないのと同様に、指導の範囲なら否定できないんじゃないか?」
と言われる方がいそうな気がしますけど、それらの場合だって街の中で出会ったアントニオ猪木さんの職業を知らない人に予告なしに無差別に「闘魂注入」した場合には暴力事件ですし、座禅という風習をしらない人や、宗教上や身辺上、健康状況などの都合上受ける事が望ましくない人を強引に同様な事をやった場合はそもそも座禅とは言いませんし、単なる暴行です。
もちろんお互い判った上でやっている場合でも、度が過ぎてしまって病院送りになった場合や、心や体に深い傷を残してしまった場合にはその規模にもよりますが、刑事事件になるのではないかと思います。
(もちろん、冒頭の「廊下に立たせる」「校庭を何十周もさせる」というのも、させる相手の体調などを考慮せずにされた場合には同様に責められるべき事かと思います。)

指導であり、ペナルティであるからこそ余計に、「健康上、精神上大丈夫か」というフォローアップは必要条件だと思うのです。
実際に殴るなどの危害を加えるというのは、それはダイレクトに体や心に影響してきますので、本当に相手の事を思ってやっているのであれば、あくまで最終手段であり「そうしなければ他の人にも危害を加えてしまう可能性がある」だとか「最悪、その生徒の改心と同時に自分が失職しても構わない」と覚悟の出来た時くらいで、そう簡単に使ったりはできないと考える私は甘いのでしょうか。

機会があればもう少し掘り下げてみたいと思います。